こうちゃんが生まれたことで再びつないでくれた縁がある。
家族との縁
子供を産むことになって、子供が具合が悪くて障害があってってことがわかってから、絶縁状態だった妹から連絡が来るようになった。
ほんの些細なことでケンカして、3年以上会ってない。妹に会いたくなくてずっと遠くの実家には帰ってなかったから。
メールもラインもお互いに拒否して、電話でも話したことなく今まできた。
気にはなってた。家族だから。
産まれたときに、「今までおめでとうも言えなくてごめんね」とショートメールがきた。涙が出るほど、誰の言葉よりも嬉しかった。
それ以来、心配の連絡くれたり、子供の写真喜んでくれたり。また会えるが楽しみになった。
子供が繋いでくれたんだね。
妹の子供はADHDで酷い旦那と離婚して実家に出戻って悩みながら苦労しながらADHDの子供と向き合ってる。学校に馴染めなかったり、学校からの帰り道に寄り道しすぎて捜索願いを出したり。授業には全然ついていけなかったり、先の不安たくさん抱えてる。
自分がこうなるまで考えたことなかったよ。大変な思いしてたこと。いつかゆっくり話したいと思う。
友人との縁
もう一つ、この前まで働いていた職場。終末期の患者さんを看取る専門の訪問看護の会社。不妊治療を理由に退職したんだけど、労働条件が合わなくなって変な辞め方になってしまって、ずっと仲の良かった友達と連絡を取っていなかった。
辞める前にスタッフの1人に癌が見つかった。ステージ3の卵巣癌でこのまま治療しなければ余命は半年と言われていた。
本人はまだ50台で、ショックでショックで現実が受け入れられず毎日、今まで見落としていた医者に対する文句、これからの不安、今の症状、治療による副作用や脱毛に対する不安などを永遠と喋り続けていた。
ただ聞くことしかできなかった。上手く言葉をかけられなかった。
腹水があって、転移があって、手術は適応じゃなくて。。。終末期たくさん看取ってきたからとても厳しい予後だと思った。
子供のこと、報告したくて思い切って連絡して、そのスタッフのことを聞いてみた。
次、最後の抗がん剤をやるために仕事を休んでるとのことだった。
これが最後ってことは。。。効果がなければその後は緩和にうつるのだろう。
まだ闘ってた。つらい中仕事しながら闘ってたんだな。
私が仕事を辞めてからあと3ヶ月で2年くらいになるかな。余命伸ばしたね。すごくすごく頑張ったんだね。
副作用も痛みも強いだろうに、すごく頑張ったんだね。
余命宣告から先は本人の生きようとする気力が一番。
どれだけの思いで生きようとしてるんだろうね。
まだ学校に通っている子供がいてシングルマザーだったはず。
子供たちはお母さんの頑張りを見てるね。一緒に闘ってるんだろうね。
凹んでる場合じゃないよ。私。
これも子供が再び繋いでくれた縁。
暇な時は子守りしてくれるって。ダウンなんて関係ないって言ってくれた。
たくさん遊んでくれるって。
ありがたい言葉。退院できたらみんなに胸張って会いに行かなきゃ。
うちの子も治療頑張ってる。急変の可能性残しつつもまだ消えずに頑張ってる命。
それぞれの命が頑張ってる。
ホント、凹んでる場合じゃないよ、私。
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